卒業式

大型ショッピングモールへ向かう路線バスの中、若い人達の姿が急に増えた。

平日なのに何故だろう、と考え始めてすぐに、学校は春休みに入っていたのだと気付く。

年恰好は皆、高校生か大学生くらいに見えるが、さて、卒業式はいつだったのだろう。

新聞やネットなどで、地域のニュースには一通り目を通すのだが、この時は卒業式の話題があったかどうかの覚えすらなく、後で調べたら、高校の多くは卒業式を終えていた。

バスの車内は、さながら修学旅行のようで、楽しそうなはしゃぎ声に満ちている。

窓から差し込む光も明るく輝いており、彼等の前途を祝っているかのようだ。

その眩しさにつられて、皆これからショッピングかな、映画を見に行くのかな、それともまずはレストランで腹ごしらえかな、などと空想した。

どれを選んでも、きっと楽しい一日になる筈だ。

私の学生時代や卒業式は、既に昔話の域に入ってしまったが、これを機に、卒業式と歌について感じた事を、お話しさせていただきたい。

卒業、と聞くと、皆様はまず何を連想なさるだろうか。

卒業式当日の光景、友情、涙、感謝、片恋の終わり、学校生活上の何気ない出来事、未来への期待など、様々な場面や想いが心に湧き上がってくるかも知れない。

卒業ソングのモチーフは、まさにそれである。

卒業というワードで歌を検索すると、とんでもない数が出てきてびっくりするが、それだけ多くの人にとって、この人生の節目に寄せる気持ちは強いのだと実感する。

卒業ソングの中で、私に最初に強い印象を残したのは、柏原芳恵「春なのに」である。

卒業に伴う別れと切ない恋心を吐露した歌で、私の記憶が正しければ、この歌が流行った当時、何処かの学校で卒業式に歌う歌として採用されている。

卒業式では校歌の他、「蛍の光」か「仰げば尊し」ばかりだった時代にあって、ポップスを取り入れた学校の柔軟な姿勢が、私には衝撃的だった。

日本中の学校を調査した訳ではないので、あくまで私の知る範囲になるが、かつての定番「蛍の光」などは出番が減り、式ではより親しみのあるポップスを歌うようになったと感じる。

斉藤由貴「卒業」もその一つで、悲しみを受け止めながら、恋心や今後の決意を凛と語った歌だ。

他に、自分自身との対話の中で苦しみながらも希望を見出すアンジェラ・アキ「手紙~拝啓十五の君へ~」、溢れる愛と感謝を語るEXILE「道」、NHK朝の連続テレビ小説主題歌としても知られるいきものがかり「ありがとう」などがある。

また、青春のリアルな想いを綴ったRADWIMPS「正解」も卒業ソングとして人気で、まだまだご紹介しきれない歌が沢山ある。

世代により、実際に式で歌った歌、または歌いたい歌は様々だが、鮮やかな痛みや温もり、感謝の記憶はどれも共通しているように感じる。

皆様の学校では、どんな歌が歌われただろうか。

後日その歌を耳にした時、胸にどのような想いが去来しただろうか。

卒業式は、慣れ親しんだ学校生活や仲間達との、半ば強制的な別れのセレモニーである。

卒業した先に、次の学校の入学や社会への旅立ちといったステップアップが約束されていたとしても、その区切りは避けて通れない。

今ある環境や交友関係の喪失を前提に、それに向ける想いがあるとしたら、やはり感傷や感謝が大きいだろうか。

青春という、人生で最も多感な時期であるからこそ、別れの切なさをごまかせずに真正面から受け止め、堪えていても涙が零れてしまうのだろう。

その痛みを飲み込んだ上で生まれる感謝の、何と純粋で尊い事か。

私は卒業ソングを創作する際、想い出や切なさだけで終わらせず、必ず先に明るいものが見通せるように描こうと心掛けている。

その大切な人生の節目を想うリスナーへの、私なりの敬意である。

卒業ソング、広い意味では学園ソングでもあるが、そこで歌われる瑞々しくも痛々しい感性は、残念ながら大人になると、かなりの部分を忘れてしまう。

創作に当たり、かつての感性を掘り起こしてみるのも一つの方法だが、いっそ異世界転生した気持ちで、この世の全てを最初から学んでいくように、道端の花や青空と向き合ってみたらどうだろう、などと考えもする。

そして今日も、春の陽射しを浴びに外へ出る私である。

学校の卒業以外に、何らかの出来事や環境、恋人との別れなどを卒業と表現する歌も多くあるが、これ等についてはまた、別の機会に語らせていただけたら幸いだ。

感謝の尊さを語った後で大変恐縮なのだが、私自身は、実は学校に良い想い出は殆どない。

いわゆる陰キャで、積極的に人の輪に入れるだけの明るさも社交性もなく、クラスでは浮いた存在だった。

それ故か、同級生からの陰湿ないじめに遭い、意地の悪い担任教師から目を付けられて、頻繁に暴言や暴力を受けた時期もあった。

昔だから、何となく有耶無耶にされてきた感があるが、現代なら、校長や教育委員会のお偉いさんが、テレビ画面の中で頭を下げるような案件だ。

おまけに乗り物酔いが酷かった為、本来なら楽しい筈の遠足や修学旅行は、長距離バス移動が苦痛を通り越して地獄だった。

卒業によって、学校から解放された事は心底嬉しく、式当日、皆が泣いている中で一人ニコニコしていた。

親しい人達との別れに泣き、感謝するシチュエーションとは無縁だったが、あの解放感は格別だったので、珍しい経験をしたと今では笑って言える。

いじめっ子達や性悪教師に、二度と会わずに済むようになったのも救いだ。

なかなか闇の深い青春を過ごしてきたが、一方で、若者らしく未来への希望は確かに抱いていて、今はこうでも未来は絶対ああするぞ、という気概で日々を乗り越えてきた。

その割に、何故か叶えられた夢はほんの僅かで、挫折や失敗はとんでもなく多い。

考えようによっては、何もしなければ挫折もないのだから、チャレンジ精神だけはあったのだと思う。

作詞家という人生の選択肢は、当時の自分にはなかった。

なので、年若い皆様には、学生時代には考えもつかなかった方へ、人生は転がって行く事もあるよ、とお伝えしたい。

そして、それがとても面白くて、ワクワクできるものだという事も付け加えて。

まるちきのこ