Intro
楽曲には必ずイントロがある。
それは、たった数秒でリスナーの心を物語へと引き込む、魔法のような入口。
私の作詞家人生にも、“イントロ”があったのだろうか。
何がきっかけで、私は言葉を紡ぐ人になったのだろう――
そんなことを、ふと思い返すことがある。
幼い頃から、私は歌が大好きだった。
一番最初に出会った曲が何だったのかは、正直思い出せない。
母が好きだった曲だったかもしれないし、子守唄だったかもしれない。
けれど、自我が芽生え始めた幼少期の記憶に、強く刻まれているメロディたちがある。
それは、Winkの「淋しい熱帯魚」、アニメ『聖闘士星矢』の「ペガサス幻想」、
そして、暴れん坊将軍のオープニングテーマである。
Winkは、私が保育園に通っていた頃に流行していた。
当時のお姫様のようにキラキラしたふたりに憧れて、
マイクの形をした駄菓子を母に買ってもらい、空になったマイクで、意味もわからぬまま全力で熱唱していたのをよく覚えている。
歌詞の意味なんて分からなくても、歌うことはただただ楽しかった。
「ペガサス幻想」は、母か弟、もしくは義父の影響で観ていたアニメを通じて、
自然と脳裏に焼きついた。耳にした瞬間に心が高ぶる、あのイントロはいまでも覚えている。
そして、私の幼少期の記憶の中で、何よりも強く印象に残っているのが、
暴れん坊将軍のオープニングテーマだ。
おそらく、アンパンマンや童謡よりも、私にとっての“原風景”に近い音楽だったと思う。
私の両親は、私が2歳の頃に離婚した。
それから4歳までの間、私は母方の祖父母の家で育てられた。
中でも、祖父はとにかく私を可愛がってくれた。初孫だったこともあり、その愛情は今振り返っても圧倒的だった。
祖父は時代劇が大好きだった。
再放送だったのかリアルタイムだったのかは覚えていないが、
祖父の膝の上で一緒に観た時代劇の時間は、私にとってこの上ない安心と幸せに包まれた記憶だ。
中でも、暴れん坊将軍のテーマが流れると、祖父はよく鼻歌で口ずさんでいた。
その口元が微かに笑っていて、私はその横顔を見るのが好きだった。
そのメロディは、私の幼少期の「愛された記憶」とぴたりと重なっている。
今でも、あのイントロを耳にすると、胸が温かくなって、
あの頃の光景――祖父の膝の上、茶の間のテレビ、大好きな掘りごたつの上に並べられたお菓子、ゆるやかに流れる時間がよみがえる。
私にとっての作詞家人生のイントロ。
それは、おそらくこの「暴れん坊将軍のテーマ」にあると思っている。
当時は、まだ言葉を綴ることなど知らなかったけれど、
“音と言葉の関係性”を、感覚として少しずつ育んでいたのかもしれない。
ただ耳に入るメロディではなく、「感情をともなった音」として、その曲を記憶していたのだと思う。
もし、いまの私がこの曲に歌詞をつけるとしたら…
きっと暴れん坊将軍の世界観に寄せるのではなく、あの優しい祖父への感謝の気持ちを綴りたいと思う。
あのイントロからは想像もつかないまったくチグハグな曲になってしまうと思うけれど、時にそんなアンバランス感が奇跡を生んだりもするのである。
イントロは、物語の始まり。
私のメロディーと言葉の旅も、きっとこのイントロがきっかけで始まったのである。
楽曲のイントロというものに、私は特別な感情を抱いている。
タイパ重視の昨今では、サビから始まる曲も当たり前になった。
バズっている曲でも「サビしか知らない」という人も多いかもしれない。
けれど、私は時々思う。
サビだけでその人の心を本当に掴めるのだろうか?
たとえば、一目惚れで始まる恋が中身を知ったら幻滅なんて事もある訳で、
一瞬の煌めきだけでは、心の深くまで届くことは難しいかもしれない。
私は、長く寄り添える楽曲を作りたい。
ずっと聴きたくなるような言葉を紡いでいきたい。
作詞をしていても、「このイントロで、どんな感情の物語を導こうか」と考える瞬間がとても好きだ。
イントロの音と、Aメロの言葉が手を取り合って進んでいくような…そんな瞬間にワクワクする。
きっと、あの頃から私は、知らず知らずのうちに「音楽の最初に込められた想い」を感じ取ろうとしていたのかもしれない。
祖父の鼻歌に耳をすませていたのは、きっとそのメロディの奥に、なにか温かい気持ちがあると知っていたからだ。
暴れん坊将軍のテーマに、感謝の歌詞をつけたいと思うのも、曲そのものよりも、そこに重なった“記憶”や“感情”に言葉を添えたくなるからだと思う。
音楽はいつも、心と心そして記憶をつなげる橋になる。
それがどんな曲でも、どんなジャンルでも、私にとっては「ひとつのメモリアルストーリー」だ。
だからこそ、作詞をしている今、たくさんの楽曲に向き合う中でも、
ただ言葉を並べるのではなく、その曲が持つ記憶や景色に寄り添いたいといつも思っている。
なかなか言葉が降りてこない日もある。何を信じて書けばいいのか分からなくなる夜もある。
イントロを聞いた瞬間に込み上げるトキメキ、ワクワク、切なさ、哀しさ、愛しさ…。その楽曲に寄り添って行けるような言葉を探して私はまた何度もメロディーを聞く。
私にとってイントロとは、音楽と出会い、言葉と出会い、そして誰かの心の扉をノックする音。
その扉の向こうにある誰かに届くような、魅力のある言葉を、これからも綴っていきたいと思う。
デモ音源を開くたび、作曲家様が私に届けてくれるイントロに、私はまた何度も恋をする。一目惚れではない、本気の恋を。
いつか私に振り向いて貰えたら
そんな淡い乙女心を胸に、毎回そっとコンペに作品を送り出す。
素敵なイントロがくれたラブレターが、誰かの心にそっと届きますようにと願って。
そしてこれは、私のコラムの“イントロ”
誰かの心の扉を、そっと叩けますように。